クラシック音楽と聞くと、「なんだか難しそう」「敷居が高そう」と思ってしまう方も多いのではないでしょうか。でも、実はクラシックには映像のように情景が浮かび上がる曲や、テレビCMや映画で耳にしたことがある旋律がたくさん存在しています。
その中でも、今回ご紹介するのがムソルグスキー作曲《展覧会の絵》です。この曲はもともと親友の画家が遺した絵画展にインスパイアされて書かれたもので、まるで音楽で美術館を巡るような体験ができる名曲です。
さらにこの曲、実は日本のCMやテレビ番組、映画でもたびたび使われているんです。例えば「この曲どこかで聴いたことがある!」と思う場面、きっとあるはず。それくらいクラシック初心者でも親しみやすい音楽なんですね。
今回この記事では、《展覧会の絵》の魅力と聴き方、曲が生まれた背景、作曲者の人物像、さらにテレビCMや映画での使用例、初心者向けのおすすめ演奏もたっぷり紹介。クラシックが初めての方でも楽しく読めて、聴いてみたくなる、そんな内容になっています。どうぞ最後までお付き合いください。
なぜ今、《展覧会の絵》なのか?
クラシック音楽の中には「誰もが知る有名曲」もあれば、「知る人ぞ知る名曲」もあります。《展覧会の絵》はその中でも、多くの人が耳にしたことのある親しみやすい曲。しかも、絵画という“視覚的テーマ”を音楽に変換した作品という点で、クラシック初心者にとてもおすすめです。
なぜ今、この曲を紹介するのか。それは以下の理由からです。
- 聴きやすくストーリー性がある
→ 各楽章が1〜3分の短い小品で構成され、飽きずに最後まで楽しめる。 - 映像作品で頻繁に使われている
→ CM、映画、テレビ番組で使用例が多く「このメロディ聴いたことある!」と親近感が湧く。 - 民族色とユーモア、ドラマ性を兼ね備えた作品
→ ロシア情緒とちょっとした怪しさ、そして壮大さを音楽で体験できる。 - ピアノ版・オーケストラ版どちらも楽しめる
→ ピアノの原曲とラヴェルの編曲による管弦楽版の両方に魅力がある。
さらにこの曲には、親友の死とその追悼というドラマチックな背景があり、作曲者ムソルグスキーの人間味あふれる一面も感じられるのです。音楽の背景を知ることで、より作品を深く味わえるでしょう。
聴くとどんな気分になれるか?
《展覧会の絵》を聴くと、まるで美術館を散歩しているような気分になります。楽章ごとに違うテーマの“絵”が登場し、次々と目の前の風景が変わっていくような感覚です。
ときに怪しく不穏な空気が漂ったり、悲しげなメロディが響いたかと思えば、ユーモラスな小品や圧倒的に壮大なフィナーレが待ち受けていたりと、短い曲集ながら感情の揺さぶりが絶えない作品です。
たとえば、
- 「ちょっと気分を変えたい」
- 「映画音楽のようなドラマチックな曲を聴きたい」
- 「読書や作業中に映像的な音楽を流したい」
そんなときにもぴったり。特にラヴェルのオーケストラ版は、鮮やかな色彩感とダイナミックな演奏効果で、耳にするだけで気分が高揚し、異世界へ誘われる感覚が味わえます。
初心者でも難しいことを考えず、そのまま物語のように音の展開を楽しむだけでOK。それが《展覧会の絵》の最大の魅力です。
作曲者と作曲当時の状況
《展覧会の絵》の作者、モデスト・ムソルグスキー(1839-1881)は、ロシア“国民楽派”を代表する作曲家の一人です。もともと貴族の家に生まれ、軍人としてのキャリアも歩みましたが、音楽への情熱を捨てきれず、ロシアの民謡や民族的題材を積極的に取り入れた作品を数多く残しました。
友人の死と、絵画展との出会い
1873年、ムソルグスキーにとってかけがえのない親友だった画家ヴィクトル・ハルトマンが急逝します。まだわずか39歳という若さでした。彼らは共にロシアの民族文化や芸術に誇りを持ち、未来を語り合った同志。その死はムソルグスキーにとって大きな精神的打撃でした。
翌1874年3月、ムソルグスキーはハルトマンの友人たちが企画した遺作展覧会を訪れます。そこで展示された150点もの作品に心を揺さぶられた彼は、その感動を一気に音楽に昇華させました。
わずか3週間で生まれた《展覧会の絵》
展覧会からわずか3週間後には、《展覧会の絵》のピアノ組曲が完成します。この短期間で生み出されたのは、ムソルグスキーの心の衝動がそれほど強烈だったからと言えるでしょう。
組曲は、ハルトマンの絵を題材にした10曲の小品と、美術館内を歩く観客の様子を表した「プロムナード」(散歩の歌)が挿入される構成。当時ロシアでは、こうした視覚芸術と音楽の融合作品はほとんど例がなく、革新的な試みでした。
ムソルグスキーの苦悩と時代背景
1870年代のロシアは、帝政ロシアの専制と貧富の格差が激しい時代。同時に、ロシア独自の民族音楽を打ち立てようとする国民楽派運動が盛り上がっていました。
しかしムソルグスキー自身は、生活の困窮やアルコール依存に悩まされ、生涯順風満帆とは言えませんでした。《展覧会の絵》も、生前は出版も初演も叶わず、彼の死後10年後の1886年にようやく出版され、世に知られることとなります。
今ではロシア音楽の金字塔的存在となったこの作品ですが、その誕生には親友の死という哀しみと、時代の葛藤、芸術への強い情熱が深く刻まれているのです。
曲の構成と各楽章の内容&聴きどころ
《展覧会の絵》は全10曲の小品と、その間に挿入される「プロムナード(散歩の歌)」で構成された組曲です。それぞれの楽章は、ムソルグスキーが訪れた展覧会で目にした絵画から着想を得て作曲されています。
以下、楽章ごとのタイトル・雰囲気・聴きどころを詳しくご紹介します。
■ プロムナード(Promenade)
【雰囲気】
ゆったりとしたテンポで歩く様子。力強さと哀愁を感じさせる旋律。
【聴きどころ】
- 繰り返し現れる“散歩のテーマ”
- 曲調の変化によって、観客の気分の移り変わりを表現
このメロディは全曲の核。散歩しながら次の絵の前に立つときの心の動きを描いており、オーケストラ版ではトランペットが印象的に奏でる場面も。誰もが知っているメロディーが悠々と流れ、物語の始まりを予感させてくれます。
■ 1. 小人(Gnomus)
【雰囲気】
怪しく歪んだリズムとメロディ。木製の歪んだ人形のよう。
【聴きどころ】
- 不規則で不安定なテンポ
- ぎこちなく跳ねるメロディライン
ハルトマンのデザインした、歪んだ小人の人形の絵を音楽化。クラシック初心者も、このちょっと奇妙な世界観を楽しめるはず。
■ 2. 古城(Il vecchio castello)
【雰囲気】
静かな夜の古城。吟遊詩人が哀しげに歌う。
【聴きどころ】
- 低音部の和音と哀愁漂う旋律
- オーケストラ版ではアルトサックスのソロが秀逸
ヨーロッパの古城を描いた絵に基づく。もの悲しく、幻想的な空気感。
■ 3. チュイルリーの庭(Tuileries)
【雰囲気】
公園で遊ぶ子どもたちと、それを呼ぶ母親たち。
【聴きどころ】
- 軽快で跳ねるようなフレーズ
- 子どもたちの無邪気さと喧騒
ハルトマンの絵は失われていますが、パリの庭園で遊ぶ子どもたちの様子と考えられています。微笑ましい楽章。
■ 4. ビドロ(牛車)
【雰囲気】
重々しくゆっくりと進む牛車。静かな農村風景。
【聴きどころ】
- ゆったりとしたテンポで始まり、次第に盛り上がる
- ピアノ版の重厚な低音
ポーランドの農村風景を描いたハルトマンの絵が元。牛車が近づき、また遠ざかっていく様子を巧みに表現。
■ 5. 卵の殻をつけたひなどりのバレエ(Ballet of the Unhatched Chicks)
【雰囲気】
可愛らしく、くすぐったいような軽快さ。
【聴きどころ】
- 鳥のさえずりのようなメロディ
- コロコロと転がる軽やかな音型
ハルトマンの舞台衣装スケッチ「殻をかぶったひな鳥たちの踊り」から。ユーモラスで微笑ましい楽章。
■ 6. サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ
【雰囲気】
裕福なユダヤ人と貧しいユダヤ人の対比。
【聴きどころ】
- 力強い低音と、か細い高音の対比
- 交互に登場する2つの性格の旋律
この曲も失われた絵に基づくが、社会階層の差を音楽で巧みに描写。
■ 7. リモージュの市場
【雰囲気】
にぎやかな市場の喧騒。噂話と笑い声が飛び交う。
【聴きどころ】
- 小刻みなパッセージ
- 繰り返される軽快なフレーズ
フランスの都市リモージュの市場を描いたとされる。エネルギッシュで陽気。
■ 8. カタコンブ(死者の言葉による死者への呼びかけ)
【雰囲気】
暗く静寂な墓場の内部。壁一面の骸骨。
【聴きどころ】
- 重々しく沈んだ響き
- ミステリアスな不協和音
ハルトマン自身の墓参りの絵。死への畏怖が漂う。
■ 9. バーバ・ヤーガの小屋
【雰囲気】
ロシア民話の魔女“バーバ・ヤーガ”の恐ろしい踊り。
【聴きどころ】
- 急速なテンポと怒涛の展開
- 目まぐるしく変化するリズム
魔女の飛ぶ小屋を描いたハルトマンの絵。ドラマチックな楽章。勢いそのままに最終楽章の「キエフの大門」に休みなく突入します。
■ 10. キエフの大門
【雰囲気】
荘厳で壮大。ロシアの歴史的建造物を讃える。
【聴きどころ】
- 圧倒的なコーダ(終結部)
- 鳴り響く鐘の模倣
ハルトマンの設計した凱旋門のデザイン画。大団円のフィナーレ。
初演・評価の歴史
驚くべきことに、ムソルグスキーの生前、この曲は一度も演奏されることがありませんでした。
1886年、親友リムスキー=コルサコフの手によって初めて出版されるも、ピアノ独奏用としての演奏機会は限られていました。
その後、この曲の可能性を見抜いたのがフランスの作曲家モーリス・ラヴェル。1922年にオーケストラ版として編曲し、初演されるとたちまち絶賛の嵐。以来、このラヴェル版《展覧会の絵》が世界中の主要オーケストラの定番レパートリーに。
テレビ番組・CM・映画での使用例
《展覧会の絵》は日本でも多くのメディアで使用されています。
- 映画『オーシャンズ13』
→ クライマックスシーンで使用 - NHK大河ドラマ「風林火山」
→ オーケストラ版の一部をBGMとして採用 - TVCM(化粧品・自動車)
→ 壮大な「キエフの大門」がイメージCMで使用 - テレビ朝日「ナニコレ珍百景」
→ 珍百景の紹介時に使用「キエフの大門」
「聴いたことがある!」と感じるのはこのため。クラシック初心者にとって、親しみやすい理由の一つです。
名盤・おすすめ動画紹介
【初心者向け】
- ラヴェル編曲:カラヤン/ベルリン・フィル
- ピアノ原典版:スヴィヤトスラフ・リヒテル(モスクワライブ)
【中級者向け】
- 指揮:ラトル/ベルリン・フィル(映像付き)
- ピアノ版:フレディ・ケンプ(スタイリッシュな解釈)
YouTubeでも多数動画があるので、聴き比べがおすすめ。
まとめ&おすすめの聴き方
《展覧会の絵》は絵画と音楽が交差する特別な作品。
クラシック初心者でも、美術館を散歩するように各曲を順に聴くだけで楽しめるのが魅力です。
おすすめの聴き方は、
① ピアノ版で素朴な響きを味わう
② ラヴェル版でカラフルなオーケストレーションを楽しむ
気に入ったら、次はリムスキー=コルサコフ「シェヘラザード」や、ラヴェル「ボレロ」もおすすめです。