音の情景が浮かぶロシア音楽の傑作
静寂な祈りの響き、やがて鳴り響く鐘、祝祭のざわめきと踊り。わずか10分足らずで、ロシア正教の復活祭(イースター)の一日を描ききった作品が《ロシアの復活祭序曲》です。
荘厳で神秘的な冒頭から、祝宴の喧騒と熱狂へと突き進む音楽は、音そのもので情景を描くリムスキー=コルサコフのオーケストレーションの妙技を堪能できる一曲。管弦楽の色彩の美しさ、民族色あふれる旋律、祝祭の熱狂が、一度に楽しめます。
作曲者リムスキー=コルサコフとこの曲の時代
この作品が書かれたのは1888年。リムスキー=コルサコフは当時、ロシア五人組(バラキレフ、ムソルグスキー、ボロディン、キュイ)としての活動の集大成の時期に差し掛かっていました。
もともと彼は海軍士官として世界各地を航海し、その体験から異国情緒や民俗音楽に強い興味を持つようになり、帰国後は民俗素材と正教音楽を組み合わせた作品作りに取り組みます。
この頃のロシア音楽界は、西欧型の形式美よりも、ロシア固有の音楽文化をクラシックに取り込もうとする動きが強まり、リムスキー=コルサコフもそれに共鳴。
《シェエラザード》《スペイン奇想曲》《ロシアの復活祭序曲》は、いずれもこの路線で生まれた作品です。
特にこの《ロシアの復活祭序曲》は、自国の宗教行事と民族音楽の要素を、オーケストラで描ききるという挑戦でもありました。
曲が生まれた背景
リムスキー=コルサコフは、正教会の伝統とロシアの民衆文化の融合を音楽で描くことを構想します。
ロシア正教最大の祝祭である復活祭(イースター)は、キリストの復活を祝うとともに、春の訪れを喜ぶ古くからの習俗も重なる行事です。
教会での厳かな祈りと、村々の祝祭の熱狂が一日で繰り広げられる様子を、音楽でひと続きに描くことを思いつきます。
その際、彼は古いロシア聖歌集《オプイェフ・ノスニク》から3つの聖歌旋律を引用し、そこに民謡の要素を加え、祈りから祝祭へと移り変わる音楽的ドラマを構築しました。
この着想は、彼自身が若き海軍士官時代に地方の村で見た復活祭の光景と、サンクトペテルブルクの大聖堂での荘厳な典礼の記憶が重なり、音楽として結実したものでした。
つまりこの曲は、
👉 「自身の人生体験」
👉 「ロシア音楽界の民族主義運動」
👉 「キリスト教行事の荘厳さと民俗的祝祭の融合」
この3つが交差して生まれた、まさにロシア音楽の縮図のような作品なのです。
曲の内容と聴きどころ
約10分の単一楽章形式ながら、流れは大きく3つの部分に分かれています。
聴きどころ
- 冒頭:祈りの静けさ
弦楽器の低音と教会の鐘を模した金管。聖歌の旋律が、しみじみと広がる。 - 中盤:明るさと躍動感の兆し
木管と弦楽器が春の訪れを告げ、人々の高揚が感じられる。 - 終盤:祝祭の熱狂
民謡風の旋律が躍り、鐘が鳴り響き、オーケストラ全体が祝宴の喜びを爆発させる。終盤は圧巻のクライマックス。
特に終盤の鐘と金管の絡み、祝祭の旋律の高揚感は必聴。
ロシア音楽ならではの土の香りと、宗教的荘厳さが一体となる場面です。
初演とその後の評価
1888年5月、サンクトペテルブルクで初演。指揮は作曲者本人。
演奏後、宗教音楽を世俗コンサートで披露する是非を巡り一部批判もありましたが、演奏の鮮烈さと祝祭部分の圧倒的迫力は高く評価され、以後ロシア国内外のオーケストラの定番レパートリーになりました。
現在も「ロシア管弦楽の名品」「オーケストレーションの教科書」として愛される作品です。
名盤とおすすめ動画
おすすめ音源
- エフゲニー・スヴェトラーノフ指揮・ロシア国立響
本場ならではの土臭さと鐘の迫力が素晴らしい。 - ネーメ・ヤルヴィ指揮・スコティッシュ・ナショナル管
音色の透明感と、祝祭の輝きが美しい演奏。
おすすめ動画
- 実際のロシア正教会の復活祭映像と音楽の合わせ動画
- スヴェトラーノフ指揮のライブ映像
まとめとおすすめの聴き方
《ロシアの復活祭序曲》は、祈りと祝祭のコントラスト、古い聖歌と民謡の融合を味わえる管弦楽曲。
こんなときにおすすめ
- 厳かな雰囲気に包まれたいとき
- 管弦楽の色彩美と祝祭の躍動感を体験したいとき
- 春の朝、コーヒーを飲みながらの一曲にも
次に聴くならこれ