みなさん、「カルテット」という言葉を聴いた事はあるでしょうか。「カルテット」とはラテン語で「4」を表す「quattuor」から来ており、「四重奏」を表す言葉となっています。
では、そこに1つ足すとなんというでしょうか。正解は「クインテット」、ラテン語の「quintus」からきており、「五重奏」の事をあらわします。そんな五重奏曲には様々な編成があり、弦楽四重奏(ヴァイオリン2人、ビオラ1人、チェロ1人)の形態を基本に、ビオラを加えたり、チェロを加えたり、はたまたクラリネットなどの木管楽器や、ホルン、トランペットなどの金管楽器、さらにはピアノ入りまであり、バリエーションがとても豊かで四重奏曲から1人増えただけで一気に雰囲気が変わります。
今回は、そんな個性豊かで有名な五重奏曲を一挙にご紹介していきます。
モーツァルト:クラリネット五重奏曲 イ長調 K581
誰もが知る作曲家ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756年~1791年)が作曲した本作品。作曲された1789年当時、まだ新しい楽器だったクラリネットの可能性を広めるために書かれた五重奏曲です。いまではメジャーな楽器であるクラリネットも、この曲のお陰で楽器の可能性を世に広めたと言われるほどで、歌うようなメロディーの奏で方やバイオリンからチェロまでの幅広い音域と組み合わせる事が出来るクラリネットの特徴を存分に発揮した曲です。
楽器編成は、弦楽四重奏(ヴァイオリン2人、ビオラ1人、チェロ1人)にクラリネットという組み合わせで、座る位置は決まっていませんが真ん中、もしくはチェロの隣側に座ることが多いようです。オーケストラではチェロとクラリネットが並んで演奏するこはないので、新鮮な配置です。
チェロ奏者の私としては、小編成の合奏で大切なことは各楽器が1つの音として「融和」する事だと思います。それぞれの楽器の特徴を表現しながらも、混じりあっているかが五重奏曲のポイントで、溶け合っていなければ協奏曲と言えると思います。
まだ発展途上の楽器だったクラリネットをここまで活用し、弦楽四重奏と融合させて後世まで五重奏曲の代表作とまで言わせるモーツァルトは、とんでもない天才だと感じます。
本作は古典的な曲調の中に、メロディアスなクラリネットが弦楽器と上手く融合していて、全体を通してとても気持ちの良い曲です。
また、この曲に感銘を受けたブラームスは、モーツァルトと同じ編成でクラリネット五重奏曲を作曲しました。ブラームスのクラリネット五重奏曲はブラームスが多く作曲した室内楽曲の中でも自身を代表する1曲と言われています。第4楽章はモーツァルトと同じ変奏曲のスタイルを取っており、モーツァルトの影響力の高さを感じさせます。
ブラームス:クラリネット五重奏曲
ヨハネス・ブラームス(1833年~1897年)はドイツの作曲家で、交響曲4作品、多くの管弦楽曲や協奏曲、歌曲などなど数多くの名作を残した誰もが知る人物です。本作はブラームスの晩年の代表作と言われ、モーツァルトのクラリネット五重奏曲から約100年経った1891年に作曲されました。
この曲を知ったきっかけは四楽章のメロディーが美しくて、ブラームスらしい物悲しさが良いなと思って聴いたのが初めてでした。正直、クラリネットを聴きたくて聴いた曲ではなかったのですが、全体を聴いてビックリ!なんとクラリネットが美しい事!
一楽章の冒頭からこの曲はとても美しいです。バイオリン2人の冷たい音色のハーモニーの後、クラリネットが暖かい音色で奏でる上昇音階までのホンの20秒程度でグッと引き込まれます。短調の寂しげな雰囲気とは裏腹に、優しく暖かみのある音色が特徴のクラリネットが弦楽器と上手くマッチしていて、とても素晴らしい作品です。
他の管楽器と比べて音量の調整が易しいのも弦楽器との相性が良い点かも知れません。ちなみに、ブラームス自身は同時期に作曲していたクラリネット三重奏曲(ピアノ、チェロ、クラリネット編成)の方が好きだったそうなので、興味のある方は調べてみてはいかがでしょうか。
シューベルト:ピアノ五重奏曲「ます」
フランツ・シューベルト(1797年~1828年)はオーストリアの作曲家です。わずか31歳の若さでこの世を去ってしまいましたが、歌曲王とも呼ばれるほど素晴らしい作品を世にのこしました。
この作品は、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス、そしてピアノとやや変わった編成の五重奏曲です。コントラバスがいる分、低い音の厚みが増してどっしりとした印象を受けます。また、ピアノがメロディーだけでなく伴奏も行うので、5人だけで演奏しているとは思えない音の広がりがこの曲の最大の特徴と言えます。
全五楽章の中でもとりわけ有名なのは四楽章。もともと、シューベルトが歌曲として作曲した作品「ます」のメロディーを四楽章で変奏曲としてアレンジしたことで、五重奏曲自体も「ます」と呼ばれるようになりました。
水の流れのように緩やかなメロディーと、魚飛び跳ねるような軽快なピアノの伴奏がとても優雅です。CMなどで使われていたので、一度は聴いたことがある曲だと思います。
ちなみに、原曲である歌曲「ます」には歌詞があり、鱒を釣ろうとする釣り人の事を歌っています。歌いだしは綺麗な川、優雅に泳ぐ鱒を歌っていますが、後半は川がキレイだから釣り針にだまされない、じゃあ濁して捕まえてやろうという荒れた内容となっていて驚きです。さらに、歌曲では歌われない歌詞には続きがあり、鱒を若い女性にみたて、悪い男には気をつけろ!という内容で締めくくられています。素敵なメロディーとは裏腹に教訓を歌っているので、意味を知ると軽々しく何かのBGMには使いにくいですね。
シューベルト:弦楽五重奏曲 イ短調
続いてもシューベルト作曲の作品です。こちらは弦楽四重奏の編成に、チェロをプラスしたとても珍しい編成の五重奏曲となっており、低音部の厚みが増した重厚な作品となっています。全体は50分近い曲で、長くとてもボリュームがあります。シューベルトと言えば歌曲王と呼ばれ、その他にも弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」、交響曲第9番「ザ・グレート」、ひとつ前に紹介した五重奏曲「ます」など有名な作品が多い中で、本作はあまりメジャーではありませんが聴きごたえがあり、古典派の最後の傑作と言える作品です。
全体的にテンポの速い、激しい印象を受ける本作品ですが、2楽章はゆっくりとした悲しげな楽章です。ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の名誉指揮者「カール・ベーム」の葬儀に使われました。また、20世紀を代表するピアニストである「アルトゥール・ルービンシュタイン」は自らの葬儀にこの曲を演奏するよう要望していたと言われています。長い生涯を振り返るように、落ち着いた時もあれば、激しい時もあった、悲しみも経験して、最期は安らかに幕をとじる。そんな印象を与えてくれます素晴らしい曲です。
フォーレ:ピアノ五重奏曲第2番
ガブリエル・フォーレ(1845年~1924年)はフランスの作曲家です。本作品はフォーレ晩年の代表作で、弦楽四重奏にピアノという編成の曲で、随所にフォーレらしい曲調が出てきます。
「ペレアスとメリザンド」、「マスクとベルガマスク」など、フォーレと言えばふわっとした曲調で、やや掴みどころの無い雰囲気が神秘的で魅力的な部分だと思います。
個人的には古典が好きなので、弾いていてもなんとかくしっくりこないフォーレは敬遠していました(笑)この五重奏曲はオーケストラ曲や室内楽と比べて構成人数が少ないので各パートが絡む様子が良く掴めるので、フォーレの良さを感じながら各パートの動きや良さを楽しめました。
1楽章の冒頭、ビオラのメロディーがいかにもフォーレらしい、とにかく美しいの一言です。個人的には3楽章の激しく悲しげなメロディーがおすすめですね。
ドヴォルザーク:弦楽五重奏曲第2番
アントニン・ドヴォルザーク(1841年~1904年)はチェコの作曲家です。本作品は弦楽四重奏にコントラバスの入った編成の五重奏曲です。同時期に作曲されたものが、スラブ風の曲調が色濃く現れた交響曲第5番や、3大セレナーデの1つに挙げられる弦楽セレナーデなど、ドヴォルザークらしさが現れてきた時に作曲されたものです。
ドヴォルザークの弦楽曲で有名なのは、弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」で、この後に作曲された弦楽五重奏曲第3番も「アメリカ」の雰囲気を漂わせた曲で人気もありますが、私は2番の泥臭くも随所にドヴォルザークらしさを感じられるところが好きです。
まとめ
今回はさまざまな形態の五重奏の名曲をご紹介しました。楽器が増えることで作曲の幅が広がり、いろいろなバリエーションを楽しめる五重奏は聴いていて飽きませんね。